
写真出典:農林水産省「うちの郷土料理」
紹介
卵をだし汁と砂糖で調味し、厚く焼き上げた料理である。関東では甘めに焦げ目をつけた「厚焼き玉子」、関西ではだしを効かせ大根おろしを添える「だし巻き玉子」と東西で食文化が分かれる。江戸時代に禁食が解けた鶏卵は南蛮貿易で流通し、庶民のごちそうとして発展した。桜の名所・王子・飛鳥山周辺の茶屋文化の中で育まれた。鶏卵が高価だった頃は病人への見舞いとして重宝され、現在は価格安定により季節を問わず食卓に並ぶ。家庭ではテフロン製角型フライパンで手軽に焼き、お弁当の定番として各家庭でアレンジが受け継がれている。
由来・歴史
鶏卵は古来「精のつく食物」とされたが、宮廷では鶏肉とともに禁食とされ、江戸初期に解禁された。南蛮貿易で食文化が広まり、だしを沸騰させて溶き卵を蒸した「玉子ふわふわ」が江戸庶民のごちそうとして流行し、これが玉子焼きの起源とされる。落語「王子の狐」や歌川広重「江戸高名会亭尽」に描かれた王子扇屋は、桜の名所に軒を連ねた茶屋の一つとして現在も手焼きで営業している。
食べ方
卵、だし汁、砂糖を混ぜ合わせて厚く焼き上げ、食べやすい大きさに切って食す。鶏卵が高価だった頃は病人への見舞いとして重宝された滋養食だったが、現在は価格が安定し季節を問わず食される。家庭ではテフロン製角型フライパンの普及で手軽に焼けるようになり、お弁当の定番として広く親しまれている。
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産地
焼き物の名物

すき焼き
「鋤」を鉄板代わりにした農具焼きが語源とされ、明治の牛鍋ブームを経て関東大震災後に東京で定着した。溶き卵をつけて食べる豪快な鍋料理は、文明開化の味を今に伝える。

鰻のかば焼き
「江戸前」はもともと鰻から生まれた言葉。大川河口で獲れた鰻を「江戸前鰻」と呼んだことが始まりで、関東独特の背開き・蒸し・たれ焼きの技法が確立された。

もんじゃ焼き
「文字焼き」から転じた名前の由来が興味深い、鉄板とヘラで熱々をすくい食べる東東京のソウルフード。戦後の子どもの駄菓子が大人のつまみへと進化した。

たらし焼き
生地をたらして焼くことから名付けられた埼玉の小昼飯。うどんほど手間がかからず、畑仕事の合間に重宝された小麦粉のおやつである。

焼きまんじゅう
江戸時代末期に前橋の原嶋類蔵が考案した「味噌づけまんじゅう」が起源。竹串に刺した発酵まんじゅうに甘みのある味噌だれを塗って焼く、群馬を代表する小麦粉菓子である。

すき焼き
「ぐんま・すき焼きの日」に県内の学校で給食として提供されるほど定着した、群馬の食文化。上州牛と下仁田ねぎなど県産食材だけで作る「自給率100%」の鍋料理で、745人分のギネス記録も達成した。
東京都の名物

親子丼
鶏肉と卵を同じ鍋で煮込む「親子」の組み合わせが名前の由来。明治時代に東京・人形町の軍鶏料理店「玉ひで」が出前専用として生み出し、兜町の証券マンを中心に爆発的な人気を博した丼物である。

かんぴょう巻き
江戸前ずしの定番「かんぴょう巻き」は、元々「のり巻」と呼ばれた細巻きの原点。芯の具が「くたっと」しないよう巻き上げる職人技が特徴である。

治助芋のネギ味噌
100年以上続く奥多摩の名産「治助芋」は、山梨から嫁入りした女性が持参した芋を治助さんが広めたことに由来する。濃厚な味わいの蒸し芋にネギ味噌を添える素朴な郷土料理である。

コロッケ
大正期に「三大洋食」の一角として確立した東京発の洋食文化の象徴。フランスのクロケットとは異なる、じゃがいも主体の日本オリジナルスタイルが誕生した。

深川めし/深川丼
江戸時代から続く「ぶっかけ」と「炊き込み」の2種類があるアサリ飯。かつては殻から外した「ぬきみ」を使った汁かけ飯として庶民に親しまれた。

おくたまワサビのTOKYO-X巻き
すりおろすのが常識だった奥多摩わさびを刻んで豚肉と巻き焼くという発想の転換が生んだ、2011年のコンクール最優秀賞受賞メニュー。鼻に抜ける辛さとジューシーな肉の旨味が絶妙に調和する。