
写真出典:農林水産省「うちの郷土料理」
紹介
余ったご飯に水と小麦粉を加えてこね、フライパンで焼いた平たい餅状の料理である。醤油と砂糖、あるいはクルミやみりんを混ぜたタレを絡めて食べる。埼玉県秩父地域では「飯餅」、加須など東部低地では「焼きびん」、北東部・入間地域では「やきもち」と地域ごとに名称が異なる。かつての農家では手作業による農作業時間が長く、食事準備に手間をかけられなかったため、朝に作って昼まで持つ手軽な食事として発達した。農作業や養蚕の合間の「小昼」と呼ばれる軽食として季節を問わず食べられ、家庭によっては生地にシソの葉や青葉、ネギを混ぜるなどアレンジも見られる。現代では残飯を粗末にしない伝統的な知恵として受け継がれている。
由来・歴史
埼玉県内では古くから残り飯を活用した類似の料理が各地で作られていたが、地域によって呼び名が分かれていた。秩父で「飯餅」、加須周辺で「焼きびん」、北東部・入間で「やきもち」と称される。農作業が手作業であった時代、長時間の労働の中で朝に作って持ち運べる実用的な食事として発達した。夏に炊き置きしたご飯が酸っぱくなっても無駄にせず美味しく食べる知恵でもあった。
食べ方
余り飯に水を加えてほぐし、小麦粉を混ぜてこねる。食べやすい大きさに丸めて平たくし、油をひいたフライパンで焼く。醤油と砂糖のタレ、またはクルミ・砂糖・みりんを混ぜたタレを絡めて食べる。生地にシソの葉や青葉、ネギを加えることもある。かつては農作業や養蚕の合間の「小昼」として、朝作って昼まで持つお弁当代わりに食べられた。季節を問わず残ったご飯を活用するために作られていた。
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産地
餅の名物

桜もち
1717年、隅田堤の桜の落ち葉を塩漬けにして餅を包んだのが始まり。長命寺門前で生まれた江戸の菓子は、花見客に大当たりし東京の名物となった。

安倍川もち
徳川家康が命名したという伝説もある、静岡を代表する餅菓子。安倍川橋のたもとには200年の老舗も軒を連ね、今も旅人を出迎える。

へそもち
中央をへこませた「へそ」の形が名前の由来。旧暦の十五夜・十三夜に、富士川以西の静岡県中・西部地域で新米で作られた月見団子。かつては子供たちが各戸を回ってもらい歩く風習もあった。

やきもち
小麦粉を丸めて焼いた「やきもち」は、群馬の粉食文化が生んだ郷土料理。囲炉裏で焼く姿は地域によって「おやき」「じり焼き」と呼び名も変わる。

板台餅/ばんだい餅
斧の峰で板の台の上で叩いて作ることから名付けられた、うるち米を使った栃木県日光市の餅。もち米より粘りが少なく、時間が経っても固くならないのが特徴である。

焼き餅(やきもち)
残りご飯を味噌で味付けして焼いた、栃木の素朴なおやつ。夏場の傷みやすいご飯を日持ちさせる知恵が生んだ、ほうろくの香ばしさが魅力の家庭の味である。
埼玉県の名物

八ツ頭の茎の炒め煮
「血の道の薬」と呼ばれた八ツ頭の茎は、干して保存した「芋がら」を炒め煮にした埼玉の知恵料理。ごはんのおかずにも酒のつまみにもなるしっかりとした味わいが特徴である。

たらし焼き
生地をたらして焼くことから名付けられた埼玉の小昼飯。うどんほど手間がかからず、畑仕事の合間に重宝された小麦粉のおやつである。

つとっこ
栃の葉に包んだ武士の携帯食が、秩父の新緑の季節を告げる5月の節句の行事食へと姿を変えた。もち米と小豆を包み、わらで縛って炊く古の知恵が今も息づく。

フライ
「フライ」とは揚げ物ではなく焼き物だ。昭和初期、足袋工場の女工たちに大ヒットした行田の名物で、名前の由来には「布来(ふらい)」説など諸説ある。

呉汁
田んぼのあぜで育てた「たのくろ豆」をすりつぶした大豆の滋味深い汁物。ご飯にかけて食べる質素な食べ方も、古き埼玉の暮らしを今に伝える。

すみつかれ
節分の豆を残して使う北埼玉の知恵料理。鬼おろしで粗くおろしたダイコンと炒り大豆を煮込み、初午の日にお稲荷様に供える冬の保存食である。