
写真出典:農林水産省「うちの郷土料理」
紹介
やきもちは小麦粉を水で練り、丸めて焼き上げた素朴な粉食である。生地に重曹や季節の野菜・薬味・山菜を混ぜ込むほか、具を包む形や蒸してから焼く方法など、調理法に決まりはない。主な伝承地域は利根川の豊かな水源と全国トップクラスの日照時間、標高10~1,400mの高地を持つ群馬県平野部であり、古くから米と麦の二毛作が盛んで小麦料理が親しまれてきた土地柄が背景にある。農作業の合間の「小昼半(こじゅはん)」や山仕事の弁当として食べられ、お茶請けや軽食としても重宝された。家庭ごとに醤油や味噌、具材の選択が異なり、米粉やもち粉を使う場合もあるなど、現代でも自由なアレンジが受け継がれている。
由来・歴史
群馬県は利根川の水源と豊かな日照、標高差のある地形により農畜産物が豊富で、平野部では古くから米と麦の二毛作が行われてきた。秋の米収穫後に春まで小麦を栽培する習慣から、うどんやまんじゅうなど小麦粉を使った料理が発達。やきもちもこうした粉食文化から生まれた郷土料理であり、呼び方は「やきもち」のほか「おやき」「じり焼き」など地域によって異なる。
食べ方
生地は小麦粉と重曹を基本とし、みじん切りの野菜や薬味・山菜を混ぜて丸め、焙烙やホットプレートでじっくり焼く。具を別途味つけして包む形や、蒸してから焼く方法、米粉・もち粉の使用など地域や家庭で多様なバリエーションがある。もともとは農作業の合間の「小昼半」や山仕事の弁当として食べられ、現在もお茶請けや軽食として親しまれている。
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産地
餅の名物

飯餅
残り飯を水でといた小麦粉と混ぜて焼く、埼玉県内で呼び名が異なる農家の知恵料理。かつては田んぼまで持ち運べるお弁当代わりとして重宝された。

桜もち
1717年、隅田堤の桜の落ち葉を塩漬けにして餅を包んだのが始まり。長命寺門前で生まれた江戸の菓子は、花見客に大当たりし東京の名物となった。

安倍川もち
徳川家康が命名したという伝説もある、静岡を代表する餅菓子。安倍川橋のたもとには200年の老舗も軒を連ね、今も旅人を出迎える。

板台餅/ばんだい餅
斧の峰で板の台の上で叩いて作ることから名付けられた、うるち米を使った栃木県日光市の餅。もち米より粘りが少なく、時間が経っても固くならないのが特徴である。

焼き餅(やきもち)
残りご飯を味噌で味付けして焼いた、栃木の素朴なおやつ。夏場の傷みやすいご飯を日持ちさせる知恵が生んだ、ほうろくの香ばしさが魅力の家庭の味である。

草餅
「草もち」は餅草(よもぎ)を練り込んだ餅で、旧暦のひな節句に欠かせない供え物として伝わる。新暦では時期が合わず、近年は和菓子店のものを用いることも多い。
群馬県の名物

あまねじ/あまだんご
砂糖が貴重だった時代のおもてなし料理が、農作業の「小昼飯」として親しまれてきた。小麦粉の団子を甘い小豆汁に浮かべた、群馬の粉食文化が生んだ温かな甘味である。

しめ豆腐
かまぼこのような独特の歯ごたえが魅力の豆腐加工食品。かつては群馬の祭りや節句に欠かせない行事食として、近隣の主婦たちが集まって手作りしていた。

かて飯
「かて」は米に加える具材のことで、もともとは米不足時代のかさ増し料理だった。群馬県では天神講の日に供されるほか、忙しい日の手軽なごちそうとしても重宝される。

炭酸まんじゅう
重曹の苦味がアクセントの蒸しまんじゅう。砂糖が希少だった時代、十五夜や農作業のご褒美として特別なごちそうとして重宝された。

ぎゅうてん
鉄板に「ぎゅっ」と押し付ける動作が名前の由来。桐生市の庶民食で、小麦粉を薄くといて小判型に焼くお好み焼き風の料理である。

焼きまんじゅう
江戸時代末期に前橋の原嶋類蔵が考案した「味噌づけまんじゅう」が起源。竹串に刺した発酵まんじゅうに甘みのある味噌だれを塗って焼く、群馬を代表する小麦粉菓子である。