
写真出典:農林水産省「うちの郷土料理」
紹介
そば粉と小麦粉を練った麺を、直径13センチほどの出石焼き白磁の小皿に盛り、徳利のつゆにつけて食べる蕎麦料理である。兵庫県豊岡市出石町は、かつて城下町として栄え、現在も約40店が軒を連ねる蕎麦の街である。季節を問わず気軽に食べられ、地元では箸を立てた高さの分量が成人男性の一人前とされる。家庭や店舗によって薬味の組み合わせに違いがあり、卵・とろろ・わさびなど好みで楽しむ。挽き立て・打ち立て・茹で立てへのこだわりは、現代も職人の技として受け継がれている。
由来・歴史
1706年(宝永3年)、信州上田から国替えで赴任した藩主・仙石政明が連れてきたそば職人が技術を伝えたことが始まりである。当地にあった蕎麦打ちの技術と融合し、300年以上にわたり職人の鍛錬で発展した。幕末期には屋台で持ち運びしやすいよう手塩皿に盛る形が定着し、後に出石焼の白磁が用いられるようになった。
食べ方
徳利に入ったつゆをそば猪口に注ぎ、卵・とろろ・ネギ・大根おろし・わさびなどの薬味を加えて、小皿に盛られたそばをつけて食べる。5枚を1組とし、箸を立てた高さを一人前の目安とする。町内の飲食店で通年提供され、観光客も含め手軽に味わえる。
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産地
そばの名物

けんちんそば
江戸時代から続く新見市の冬の知恵。「けんちん」とは千切りの材料を油で炒めて巻くことで、鶏がらスープのけんちん汁を手打ちそばにかけて食べる。

そばどじょう鍋
そば粉をどじょうのような細長い形にして鍋に入れる、岡山県山間地の冬の名物料理。川魚のだし汁で煮込み、体を芯から温める。

瓦そば
昭和36年(1961年)に川棚温泉の旅館が生み出した「瓦そば」。西南戦争で薩摩兵が瓦で肉を焼いた話と、江戸時代から庶民に許された「瓦」の地縁が結びつき、全国に名を轟かせた山口のソウルフードである。

御厨そば
山芋を練り込んだ喉ごしの良いそばに、鶏ガラの風味豊かなつゆをかけて食べる。御殿場市御厨地域の農家が水を使わずに打った素朴な味わいが、大みそかや正月の客人をもてなす名物料理となった。

そば
「西はうどん、東はそば」という言葉通り、気性の激しい江戸っ子に最も愛された麺。年越しそばや引っ越しそばとして縁起物としても重宝され、駅の立ち食い文化まで生み出した。

ちたけうどん(そば)
盆の時期に採れる「ちちたけ(乳茸)」を使った、平地林が広がる栃木県平野部ならではのうどんだ。香り高きのことなすの相性が抜群で、かつては里山で多く採れたが、現在は貴重な味となっている。
兵庫県の名物

鯖寿司
鯖街道の塩漬け鯖がちょうどいい塩加減に熟成する丹波篠山で生まれた、酢で締めた塩鯖の寿司。姿寿司・棒ずし・にぎりと形はさまざまで、秋祭りのごちそうとして今も伝わる。

とふめし
120年前、長老の機転から生まれた混ぜご飯。山の里ながら鯖を使うのは、鯖街道が通っていたから。丹波篠山・大山地区の集いの象徴的な味である。

粕汁
正月の鮭や鰤の残りを使い、酒粕と野菜を煮込む「二十日正月」のけじめの食。灘五郷の酒造文化が生んだ、冬の山間部を温める滋養の味噌汁である。

イカナゴのくぎ煮
煮上がった姿が錆びた釘のように曲がることから「くぎ煮」と名付けられた、瀬戸内海の春の風物詩。神戸発祥の佃煮は、明石の漁協女性たちによる家庭向け改良が全国普及のきっかけとなった。

神戸ビーフステーキ
「神戸ビーフ」という牛の種類は実は存在しない。但馬牛の厳格な基準を満たした肉にのみ与えられる称号であり、1859年の横浜開港を機に外国人に好評を博し、世界に名を馳せた。

山椒の佃煮
江戸時代に幕府献上品となった朝倉山椒と、絶滅危機から復活を遂げた有馬山椒。トゲの有無や香りの違いが両者の特徴で、醤油ベースの佃煮はご飯のお供として親しまれる。