
写真出典:農林水産省「うちの郷土料理」
紹介
鶏肉、白菜、人参、ねぎ、水菜、しいたけ、油揚げ、豆腐などを鶏ガラのスープで煮込む鍋料理である。味付けは醤油や味噌など多様で、具材のうまみが溶け出した栄養価の高い一鍋となる。東京を中心とした関東地方の相撲部屋で発達し、江戸時代に興行が定期化してから力士の食事として定着した。相撲部屋では通年食され、稽古後の体力的回復や増量を目的としてきた。一般家庭では「寄せ鍋」と呼ばれるが、食材の組み合わせや味付けは各家庭で異なり、現代では専門店も増えて気軽に楽しめる国民的鍋料理となった。
由来・歴史
明治時代に始まったと伝わる。ちゃんことは力士の食事を指す言葉で、一度に大量に調理できる点が重宝された。かつては四足歩行の肉を避ける風習があり、牛や豚は「手をつく=負け」の連想から縁起を担いで鶏肉を中心とした。相撲は1500年以上の歴史を持ち、日本書紀や古事記にも記載があるが、職業化したのは江戸時代中期の興行定期化以降である。
食べ方
鶏ガラやだし汁で作ったスープに、鶏肉と白菜、人参、ねぎなどの野菜、油揚げや豆腐を煮込んで食べる。味付けは醤油ベースや味噌ベースなど様々である。元来は相撲部屋で稽古の後などに通年食され、力士の体作りを支えてきた。現在は専門店での提供のほか、家庭でも簡単に作れるメニューとして親しまれている。力士が食べるものを「ちゃんこ」と呼ぶため、一般人が同じ食材で作る場合は「寄せ鍋」と呼ばれることもある。
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産地
鍋料理の名物

柳川鍋/どじょう汁
江戸庶民の夏の滋養食「どじょう汁」には、生きたまま煮る「丸鍋」と骨抜きの「ぬき鍋」、卵とじの「柳川鍋」の3種類がある。1801年創業の「駒形どぜう」は、縁起をかついで四文字から三文字の店名に変えた老舗である。

牛鍋
1862年に横浜「伊勢熊」で誕生した、すき焼きとは異なる「煮る」牛鍋。開港直後の外国人居留地で生まれた和洋折衷の味は、妻の猛反対を押し切って始まったという。

ハモ鍋
骨切りした淡白なハモに、甘み豊かな泉州玉ねぎが絶妙に合う大阪湾の郷土鍋。玉ねぎ栽培発祥の地ならではの組み合わせが、家庭の味として親しまれてきた。

きりたんぽ鍋
がまの穂に似たご飯を串に刺し焼いた「たんぽ」を鍋に入れた秋田の名物料理。山籠りの炭焼き職人が生み出した知恵が、今も収穫の労をねぎらう味として受け継がれる。

だまこ鍋
「だまこ」の名は子どもの遊び道具「お手玉」に由来し、ご飯を丸めた団子が鍋の主役となる秋田の冬の味。八郎潟の干拓で魚から鶏へと変化した歴史も興味深い。
東京都の名物

串だんご
「花より団子」の人気で全国に広まった串だんごは、東京では4つ刺しが主流。4文銭の不正防止が由来という、江戸の町人文化が生んだ知恵が詰まった名物である。

もんじゃ焼き
「文字焼き」から転じた名前の由来が興味深い、鉄板とヘラで熱々をすくい食べる東東京のソウルフード。戦後の子どもの駄菓子が大人のつまみへと進化した。

うどの酢味噌和え
江戸時代から親しまれる「室(むろ)」で白く軟化させた練馬の伝統野菜・うどを、酢味噌でさっぱりと和えた冬の味覚。深さ3〜4メートルの暗い穴の中で手間をかけて育てる独自の栽培法が、柔らかな食感と風味を生み出す。

きんぴら
「きんぴら」の名は、古浄瑠璃「金平浄瑠璃」の主人公・坂田金平に由来する。ごぼうのしっかりした歯ごたえと唐辛子のピリ辛さを、金平の強さに例えて名付けられた。

ねぎま鍋
江戸時代、客には出せない「下品(げぼん)」と呼ばれたまぐろの脂身を、ねぎと醤油で煮た庶民の知恵が「ねぎま鍋」である。七輪の普及で客間で食べる「小鍋たて」として親しまれた。

佃煮
徳川家康が摂津の漁師を移住させた佃島が発祥。たまり醤油を使った濃厚な煮付けは、江戸時代からの保存食として全国に広まった東京の味。