
写真出典:農林水産省「うちの郷土料理」
紹介
にぎりずしは、酢飯の上にマグロ・コハダ・アナゴ・車海老など下ごしらえした具材をのせ、軽く握ってワサビや醤油で食べる料理である。東京湾周辺の豊かな海産物を背景に、江戸の町で発展した。江戸時代後期には庶民が屋台で手軽に食べられ、現在は回転寿司やコンビニエンスストアまで販売形態が多様化し、ハレの日だけでなく日常的に食されている。江戸時代は飯の量が現在の約3倍あり小腹を満たすものだったが、現在は具材が重視されるようになった。家庭や店舗によってネタの種類や酢飯の味付けに違いがあり、江戸前寿司の伝統を継承する高級店から気軽な回転寿司まで、幅広い層に親しまれている。
由来・歴史
にぎりずしの源流は、平安時代の保存食「熟れ寿し(なれずし)」にある。塩魚を炊いた飯で漬け発酵させたこの技法は、江戸時代に早ずし、押しずしを経てにぎりずしへと発展した。江戸では松崎喜右衛門の「毛抜すし」、華屋与兵衛の「与兵衛寿司」、堺屋松五郎の「松が鮨」の江戸三鮨がにぎりずしの普及に大きく貢献した。赤酢で締めた飯に、締め・煮る・蒸すなど下ごしらえしたネタを組み合わせる江戸前寿司の技法は、現在も受け継がれている。
食べ方
酢飯に下ごしらえしたネタをのせ、軽く握ってワサビやつけ醤油とともに食べる。江戸時代後期には屋台で気軽に食べられ、現在はカウンターで握りながら提供する高級寿司店から、回転寿司、デパ地下、スーパー、コンビニエンスストアまで多様な形態で販売されている。ハレの日の食事から日常食へと位置づけが変化し、年中無休で食べられるようになった。
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産地
寿司の名物

げんなり寿司
巨大な押し寿司を食べると「げんなり」疲れることから名付けられた、伊豆稲取の縁起物。キンメダイの紅白おぼろを山と盛り、祝い事に親戚へ配る豪快なハレ料理である。

鯖の箱寿司
1261年、日蓮上人をかくまった漁師が井桁の重箱で食を運んだことが由来。伊豆の祭りで配られる鯖の箱寿司は、地元の魚をほぐした「おぼろ」と煮物を酢飯に盛り込む豪快な郷土料理である。

ます寿司
将軍吉宗が絶賛した「ます寿司」は、富山藩士・吉村新八が考案した押し寿司。大正時代に駅弁として全国に名を馳せ、今も富山市内に20軒以上の専門店が軒を連ねる。

聖天ずし
江戸時代から変わらぬ姿で受け継がれる、熊谷・妻沼のハレの日の味。大きな油揚げに酢飯を詰めた稲荷ずし3本と巻きずし4切れのボリュームが、農作業の合間の腹持ちの良さとして親しまれてきた。
東京都の名物

そば
「西はうどん、東はそば」という言葉通り、気性の激しい江戸っ子に最も愛された麺。年越しそばや引っ越しそばとして縁起物としても重宝され、駅の立ち食い文化まで生み出した。

こはだの粟づけ
「シンコ」「コハダ」「ナガスミ」「コノシロ」と成長で名前が変わる出世魚を、クチナシで黄色に染めた粟と漬け込む。五穀豊穣を願う縁起物として、江戸時代から正月のおせちを彩ってきた。

桜もち
1717年、隅田堤の桜の落ち葉を塩漬けにして餅を包んだのが始まり。長命寺門前で生まれた江戸の菓子は、花見客に大当たりし東京の名物となった。

島ずし
江戸前の「ヅケ」技法のルーツともいわれる、伊豆諸島の島ずし。ワサビの代わりに練りがらしや島唐辛子の「島とう醤油」を使う独特の食文化が、各島で独自に発展した。

穴子寿司
「おいしい鮨屋はあなごでわかる」と言われる江戸前ずしの定番。東京湾の栄養豊かな海で育った穴子を、職人がぬめりを取り除き丁寧に煮上げる技が光る。

すき焼き
「鋤」を鉄板代わりにした農具焼きが語源とされ、明治の牛鍋ブームを経て関東大震災後に東京で定着した。溶き卵をつけて食べる豪快な鍋料理は、文明開化の味を今に伝える。